院長ノートnotes

出生前診断と着床前診断の違いや問題点は?

「出生前診断」と「着床前診断」の違いについて、ご存知の方は多いかもしれません。
今回のコラムでは、着床前診断の以前から行われていた出生前診断の歴史を紐解いていきます。
倫理的な問題が絡んでいるともいえる技術だからこそ、技術ができるまでの背景を十分に理解してほしいと思うのです。

現在私たちは、赤ちゃんが生まれる前から、超音波検査などで性別や推定体重など多くの情報を得ることができます。
そして、最新の技術を使えば、まだ妊娠する前の受精卵の段階で、染色体の異常など、かつては知り得なかったことがわかるようになりました。

そういった診断技術の進歩について、これまでの医療の歴史を振り返りながら、何回かに分けてお話ししていきたいと思います。

妊娠後、赤ちゃんが生まれるまでの間、誰しもが願うことは「生まれてくる赤ちゃんが健康で元気で、何も異常がないこと」ではないでしょうか。

それは現代人だけでなく、きっと太古の昔から続く変わらない思いなのかもしれません。
そして、その思いは現在、まだ妊娠していない受精卵にも向けられているのです。


「出生前診断」と「着床前診断」の違い

「出生前診断」あるいは「着床前診断」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。
とてもよく似た言葉ですが、それぞれ行われることは違います。
簡単に説明すると、「出生前診断」は“妊娠後”に胎児の状態を把握することで、「着床前診断」は“妊娠前”に受精卵の状態を確認することを指します。

着床前診断は体外受精という技術が確立された後に始まった技術です。
したがって、まだその歴史は浅く、最新の技術であるとともに、様々な倫理的な問題が残されています。
着床前診断という技術が世の中に知られるようになって、これまでの「お腹の赤ちゃんが男の子か女の子か知りたい」という要望が、「男の子がほしい、女の子がほしい」という願望へと変わろうとしています。
本来、この技術は、致死的な遺伝疾患等を受精卵の段階で、それを引き継いでいるのかどうかを調べるための検査として臨床に導入されたものです。
そのため、現在日本では、男女の産み分けを目的としてこの技術を使用することは認められていません。

「わかることはすべて知りたい」という欲求にどこまで応えるべきなのかは、ここでは論じませんが、医学の世界、そして産婦人科の世界も、これまで見えないヒトの体の中を探求する歴史の中で発展してきました。
その産婦人科の歴史を振り返りながら、どのように現代の最新技術にたどり着いたのかを考察していきたいと思います。


広義の出生前診断は、胎児の状態を確認するあらゆる方法を指す

まずは、着床前診断よりも前から行われていた出生前診断について。

現代の医療において出生前診断とは、検査を通じて染色体的に問題がないかどうかを診断することを指すケースがほとんどとなっています。
しかし、広い意味では、出生前診断という言葉は、赤ちゃんがまだお腹の中にいるときに、どのような状態なのかを把握する全方法を指しています。
今では産婦人科に限らず医療現場において、超音波検査は日常的に行われています。その超音波検査で胎児の状態を確認することも出生前診断のひとつです。

それでは、その超音波検査が行われるようになる前はどうしていたのでしょうか。
超音波検査が開発され、医療機器として初めて臨床の現場に導入されたのは1970年代で、実際に普及したのは1980年代といわれています。
つまり、1970年代に生まれた今の40代の方々(私もそうですが)が胎児のときには、まだ超音波検査は一般的ではなく、生まれてくるまでは、男の子か女の子かもわからず、生まれてきて始めて双子だったということもあり得た時代なのです。
では、それ以前の時代には、胎児の状態はどうやって確認していたのか、気になりますよね。


1980年代以降普及した超音波検査が革命的だった理由

その方法のひとつは、お腹の上から触って、胎児の位置や向きを推定する触診でした。
また、お腹まわりの腹囲や子宮底までの長さを測定し、その長さが長ければ胎児が大きいかもしれない、短ければ小さいかもしれないということが、胎児の状態を把握する手段でもありました。
つまり、40年ほど前までは、今の技術でわかることとは比較にならないほど、胎児の状態はあいまいにしかわからなかったのです。

「妊婦さんのお腹が前に出っ張っていると男の子で、丸い形だと女の子」というような話を聞いたことはないでしょうか。
今となっては都市伝説のような話ですが、これも助産師さんたちが経験の中で考え出した出生前診断なのかもしれません。

腹部の触診や測定以外に、胎児の心音を確認する方法として「聴診器で心音を聞く」というものもありました。
聴診器というと内科医などが使っている両耳にかけるものが一般的ですが、産婦人科で胎児の心音を確認する聴診器は「トラウベ型聴診器」といって、木でできた筒のようなものを腹部に当てて、直接音を聞くというものでした。
このトラウベ型聴診器を1800年代初頭に開発したのは、ドイツ人医師・トラウベ氏。
材質や構造の改良はあったとしても、1970年代に超音波が開発されるまで、およそ150年もの間、使われ続けてきたことになります。
そう考えると、超音波検査は出生前診断に革命的な進歩を与えたといえます。

厚生労働省の周産期死亡率(妊娠22週以降の死産数(平成6年以前は妊娠28週以降)+早期新生児死亡)の統計を見ますと、2010年は出生1000人に対し2.9人であり、それに対し、1970年のデータでは出生1000人に対し21.7人となっています。
これには、産婦人科医療の進歩だけではなく、新生児医療の進歩も大いに関わっていますが、生まれる前に、超音波検査で胎児に何か問題があり、出生直後から治療が必要か否かがわかるということは、周産期死亡率を低下させる上で、非常に重要な情報となっています。
こうして考えてみると、本コラムを読まれている30〜40代の方々は、性別や推定体重はおろか、元気かどうかもはっきりしないまま生まれてきたというわけです。

出生前診断や着床前診断が非常に有用な技術で、またそれをご夫婦が希望されることも決して間違いではありません。
しかし、倫理的な問題など、その技術を簡単に適応できない理由や背景を正しく理解するには、技術が生まれるまでの歴史を知るのも大切ことではないかと思います。
次回は、超音波検査でわかることを中心に、出生前診断についてさらに詳しくお話ししていきます。


オリーブレディースクリニック麻布十番 院長 山中

院長ノート一覧へ